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nikoichixのブログ

新聞やテレビ、本を見て思ったことを綴っています。書いてみたらこんな展開になるとは思わなかった。まいっか。

操縦系統(昇降舵、方向舵)喪失から生還したアメリカン航空96便

鉄道 他乗り物 職 仕事

貨物室ドアが吹き飛び、客室後方の床が陥没

 

 

1972年6月12日 ロサンゼルス―デトロイト―ニューヨーク定期便 

デトロイト・ニューヨーク 所要時間45分、乗客56名)

アメリカン航空96便(ダグラスDC10)は経由地のデトロイトを離陸後4分半で高度約1万2000フィート(約3700メートル)に達したところで機体後部からゴーンという鈍い音が響いたのに続き、クルーを取り巻く空気は霧と化し、激しい気流が彼らに吹き付けた。

 

足をのせた方向舵ペダルがとてつもない力で押し戻されて膝が胸を打ち、エンジン推力レバーがフライトアイドル(最小定常推力、レバー位置最後方)まで一瞬にして引き戻された。

 

飛行機がかなりの重症に陥ったことは間違いなかった。

エンジン火災警報ベルと客室高度警報(気圧低下警報)がビー、ビーと鳴り始めた。

 

普通なら機内の気圧低下を警報するホーンが鳴れば、酸素濃度低下リスクを避けるために緊急降下を開始するところだがブライス・マコーミック機長は損害状況を見極められないうちに機体を急降下させるのは気がすすまなかった。

機長は「ためらう者が生き残る」という考えの信奉者だった。

 

高度3700メートルであれば呼吸にそれほど問題はない。

高度を下げた後で高度を回復できない、高度を維持もできない事態を恐れた。

 

「火災警報はあと回し」と宣言した。

 

エンジン火災も重大な問題だったが、もっと緊急の課題は飛行機を飛ばし続けることだった。

飛行機がひっくり返ったら消火できてもほとんど意味がない。

★☆★ 

ダグラスDC10は両主翼と尾翼で計3基のエンジンがあり、エンジン計器から尾翼にある第2エンジンが故障していることが判明した。(後に火災警報も誤作動であることが判明した)

スロットルレバーを前に押し主翼の第1第3エンジンの推力を上げて高度を維持することとした。

 

機首は右に向けられ横ばい状態で飛んでいた。方向舵ペダルはびくとも動かない。

上昇と下降をつかさどる昇降舵の操作はきわめて重く反応も鈍かった。

 

操縦輪を回すと補助翼を動かすことができた。本来、補助翼は翼を傾けて旋回に用いるものであるが、補助翼を操作して翼を水平(機体を水平)に保つことにした。

右に偏向しているので左に回すことで水平を保った。

 

できることは限られていたが、主翼エンジンの推力を変えることで機体制御の困難をいくぶん緩和できると予感した。

 

右のエンジンの推力を上げ左のエンジンの推力を下げて左に旋回する。両エンジンの推力を下げて速度と高度を下げる。

★☆★ 

 

機長は数か月前にエンジンだけで飛行機を操る実験をしていた。

 

 

テキサス州にあるアメリカン航空訓練所のシュミレーターで(自主)訓練を行った。

動機はフライバイワイヤに対する保守的価値観に基づく警戒意識であった。 

初期の飛行機は操縦輪やペダルと翼の舵はワイヤで繋がっていた。

機体が大型化するにつれ操作するにも強い力を必要とするようになり、人力でのコントロールは困難となった。

代わりに油圧サーボ(最新は電動)で舵を動かすようになった。

 

ありえないとされた油圧全面喪失に遭遇した場合に、エンジンの推力を適切に変化させることで飛行機を旋回、上昇、降下させられるだろうか?

何度も思いめぐらし、確かめようと決心していた。

 

自主訓練が終る頃には初期上昇から進入の段階まで、操縦輪に触れることなく、推力レバーだけを使ってシュミレーターを制御できるようになった。

 

前もってこのような事態に備えて手順を準備していた一人のパイロットが搭乗していたことは驚くべき幸運な偶然の一致だ。

 

 

機長は操縦に専念し、副操縦士は管制官と連絡を取り合い、操縦が自由にならないため、距離をとって旋回するコース(大きな旋回半径)と緩やかな降下でのデトロイトへの誘導を依頼した。

★☆★ 

その頃客室では

 

 機体後部からバーンという音が響いたのに続き、客室は霧で満たされた。

強風が機体の前から後ろへ吹き抜けた。

もやが晴れると主客室乗務員は事態の全容を把握するため、被害の状況を次々と調べはじめた。機長ができるだけ早く全体像の報告を聞きたいことを彼女は把握していた。

乗客に安心してくださいと声をかけながら機体後方に進んでいったとき、彼女は後方の破壊の状況に息をのんだ。

 

もやが晴れると後方客室が壊滅的破壊を受けていた。この区画は小さなラウンジバーが設けてあったが、幸い乗客数も少なく飛行区間が短いので使っていなかった。

ラウンジの床は落ち込み、天井パネルは垂れ下がり、バーユニットはつぶれて機体左にあいた穴に落ち込んでいた。

★☆★ 

機長への報告を終えてコクピットから戻ると、客室乗務員を集合させて状況説明ののち機内放送を行った。

放送にあわせて客室乗務員たちは衝撃防止姿勢の実演を見せる。

損傷区画の2か所を除く6か所の出口を示し、緊急脱出スライドの使い方を説明した。

 

乗客たちは負傷につながる眼鏡、筆記用具、櫛、その他突起物を身体から外すよう要請を受け、客室乗務員が巡回してビニール袋に集めた。

(当時は足の怪我を防ぐために靴を脱ぐことも要請されました。今日ではハイヒール以外は履いたままが普通です。飛行機に乗るときはハイヒールは履かない方が無難です)

 

乗客への説明を終え、客室の準備が整ったので機長に報告し、衝撃防止姿勢が必要になったら機内放送をするように彼女は頼んだ。

★☆★ 

機長は乗客に対しつとめて冷静な声で、飛行には問題がないと安心させ、デトロイトへ引き返すことを伝えた。

乗客への迷惑を詫び、乗客が目的地へ向かえるようアメリカン航空はできる限りのことをすると保証した。

 

ギヤ(脚)のブレーキは役に立たないことが想定されるので逆推力を使ってブレーキをかける。

 

接地がやわらかくなるよう機首を上げるためにエンジンの推力を絞ったが、DC10は

頭を上げないままほぼ水平姿勢で接地した。

★☆★ 

機長は事故発生後はじめて機体のコントロールを失ったと感じた。

機体は右に偏向した。

DC10は滑走路をはみ出し芝生の中を突進した。

 

左エンジンを最大逆推進、右エンジンを逆噴射から戻して偏向に打ち勝ち滑走路と平行に走り続け、滑走路の終り残り1700フィート(約518メートル)で停止した。

 

機長はエンジンを停止し、火災が起きる可能性を懸念して脱出警報を作動させ、客室乗務員は30秒で乗客全員を脱出させた。

脱出の際の若干の軽傷を除いて乗客は全員怪我もなく降機できた。

 

飛行機のまわりは消防車が待機していた。

★☆★ 

機長は乗客が誰も残っていないか確認するためにキャビン後方まで歩き、機外に出てやっと起きたことの全容を把握できた。

機体の損傷の規模を見ることができ、彼らがいかに巧みに対応できたかを実感できた。

 

貨物室の扉は吹き飛んでなく、貨物室の中に陥没した床が見える。

 

扉を失ったことで機内と機外の内外気圧の差で床は押しつぶされた。

押しつぶされた床に配線、配管系もつぶされて引っかかたり、切断された。

吹き飛んだ扉は胴体外板を引きちぎり、水平尾翼にぶつかり損傷させた。

 

 

原因は貨物室ドアロックの不良

 扉側のラッチ(爪)5つと、機体側のラッチ受け5つを咬みあわせて閉じる

DC10には電動モーターで駆動する開閉機構が最終位置まで動かしきれず、閉じる最後の工程で手動ハンドルを回してロックをかけねばならないことがあった。

メーカーのダグラス社は認識しており、モーターの配線を太いものに変える改修手順書を発行していた。(配線を太くすることにより最終位置まで動くようになる)

事故の機体は不運にも改修前であった。

★☆★ 

経由地デトロイトの地上係員は貨物ドアを電力で閉じ、モーターの音が止まるか聞いた。

モーターの音が止まれば所定の位置(ドアロックの位置)になったはず。

なのにロックピンが入らない。

 

地上係員は機械仕掛けの動きが固くなっているだけだと思った。

 

 彼は膝の力も使ってハンドルを所定の位置に押し込み(すげえ力かつ強引なヤツ、どうしてモーターが止まった時点で整備士を呼ばないのか)、開閉レバーが収まったのだから、貨物ドアをロックする手順は完了したものと思い込んだ。

(形の上ではドアが閉じたのでコクピットのドア開警告ランプは消えた。)

 

実際は無理にドアハンドルを押しこんだためにロックピンを動かすロッド(中継棒)が挫屈をおこして曲がってしまい危険な状態になった。

 

地上係員は当然ながら状況が気になったので整備士を呼んだ。

ドアの通気孔が多少ずれているように見えたが他に問題はないように見えた。

(どうして一度ドアを開けて見ない?)

整備士からの地上の出発準備よしという連絡が来て96便はゲートから後退して滑走路へ向かった。

 ★☆★

 

空港へ家族、知人を見送りに行くと貨物室ドアを閉じる瞬間に注目するようになってしまった。汗

 

整備士は地上係員の話を機長に報告すべきではなかったのか。

地上と機上で連携が取れていないと思った。

 

ドアを一度開けてみればロッドが曲がっていることが見て取れたのに、出発が遅れることを考慮して躊躇したのではないか。

 

このエピソードは機長はじめクルーが会社から表彰されるという美談で締めくくられています。

 

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 10編の航空機の危機からの生還のエピソードが納められています。

この本の第4章「爆発!機体に大穴が」を要約して前後を入れ替えたり注釈をつけくわえたりしました。

 

 安全を考えるのが当たり前?

 

ところが会社員はジレンマを抱えています。

もしも勘違いだったら、余計なことをしてくれた、お客様の予定が狂った。経費が発生した。どうするんだ、しっかり考えてから報告しろ。

 

委縮して報告しなくなるかもしれません。何か引っかかるものがあっても思い過ごしと思い込む。

安全か時間かコストかとバランスを考えている間に事態が進行します。

 

 安全第一というスローガンに実態はあるか。

 

 

 

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 「遅発や引き返しが生じても会社はそれを容認し、関係者の下した判断を尊重します」とトップが宣言し何度も伝えている。

現場の機長や運行部門、整備部門のトップはたとえ結果的に勘違いの報告であっても「よく報告してくれました、ありがとう」とねぎらいの言葉をかける。

「離陸直前に余計なことをしてくれた」といった態度で臨めば次に異常を感じたときに押し黙ってしまう。

 

スローガンを掲げるだけでは現場は安全か定時運行かで迷ってしまう。

トップ自らが最優先事項を宣言し実行し社員の後押しをしている。

 

 

ジレンマを抱えた時に最優先することを明示し、明示されたことを実行した人を責めない。

ということが実行できないと行動基準はぶれ続ける。

 

96便の事故のデトロイトの地上係員は定時運行のプレッシャーで強引にドアを閉め、整備士は中途半端な対応で済ましたのではないか。

 

 

だから、時間通りに出発しないからといってイラつくのはやめたでござる。

時間通りに出発して墜ちたら何にもならないじゃん。

客室乗務員さんから「ありがとうございました」

こちらこそ無事に着いて「ありがとう」

 

それではまた。