劇中、ご神体を囲む岩場で瀧と別れた三葉は
「瀧くん、瀧くん、瀧くん、君の名前は瀧くん、大丈夫、絶対忘れない。」と心の中で叫んでいました。
しかしテッシーと変電所を爆破した後、名前を思い出せなくなりました。
「大事な人、忘れてはいけない人」の名前を思い出せない悲しみの中で山道を駆け下り、傷つき力尽きて躓き転倒する。
倒れて見上げた宙で彗星が割れたのが見える。
糸守湖に割れた彗星が映っている。
……もう間に合わない、絶望が襲う、手のひらに名前を書いてもらったことを思い出す。
「目が覚めてもお互い忘れないようにさ、名前書いておこうぜ」
最後に大切な人の名前を見ておこうと思う。
三葉の右の掌に書いてあったのは名前ではありませんでした。
“すきだ“……「これじゃあ名前わかんないよ」
“すきだ“ 昨日「誰?お前」と言った人が ”すきだ”
心が高揚する、力が湧いてくる。
泣きながら笑って顔を覆って立ち上がる。
(このタイミングでよかった、名前じゃなくてよかった、瀧は何よりも伝えたいことを書いたんだ、名前を思い出せない場面にハラハラして 手のひら と心で叫んだ俺は完敗した。)
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“瀧” と書いてあったらどうなった?
1、「瀧くん、瀧くん」と倒れたまま泣いている三葉、隕石が墜ちてきて死亡。
(イヤだ、そんな結末はイヤだ、仕切り直し)
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2、「瀧くんと絶対に会う、絶対に死なない」
父の下に走り映画のあらすじ通りに三葉の家族も町の人々も避難して助かります。
三葉は瀧くんを探しに東京へ行きます。
隕石が落下した年の 瀧 は中学2年です。そこへ高校2年の三葉がやって来ました。
「あの時の変な女」
律義な瀧は手首に巻いた組み紐を返さなければならないと思います。
「あのぉ これお返しします。」
時間の結びがほどけました。
組み紐を差し出したその先に三葉の姿はありませんでした。幻のように消えてしまいました。3年後に渡すべき組み紐を手放した瞬間、三葉たちの運命は途切れました。
(イヤだ、そんな結末はイヤだ、仕切り直し)
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3、「お前さあ、知り合う前に会いに来るなよ、わかるわけないだろ」
瀧の言葉を三葉は思い出しました。3年待ちました。
東京に出て大学2年になった三葉は瀧に会いに行きます。
あの時、瀧の手のひらに名前を書く時間がありませんでした。
書きかけの1本の線がありました。
「なんだ、これ」「俺 こんな場所で何してるんだ」
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東京に帰った瀧は司たちからメル友に会いに行った話を聞かされます。
しかし糸守町の人々が隕石災害で亡くなったという歴史が変わっているので、死亡者名簿の話はなく、会えず終いの笑い話になっていました。
みんな移住したんだから会えるわけないだろう、人騒がせな。
しかし納得できない瀧は司と奥寺先輩を置いてひとり山中に向かい、カタワレ時に三葉と会いました。
それなのに記憶がない。
彗星が落下した3年後の今の自分が糸守町のスケッチ画を何枚も描いたのはなぜなのか?
朝 目覚めたとき、わけもなく涙が流れているのはなぜなのか。
高校2年生の瀧と大学2年生の三葉が出会い(再会し)ます。
俺の名前を知っているという。
俺が手のひらに書いたという。
糸守湖を囲む岩場で会ったという、俺の記憶が途切れた場所だ。
自分の中の謎が解けた気がした、運命を感じた。
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社会人の3年の年の差は問題になりません。
しかし、高校2年生と大学2年生の組み合わせは周囲には道ならぬ恋を想起させました。
立ちはだかるのは三葉の父 俊樹だけではありません。
奥寺先輩が対抗意識を抱いて瀧に急接近します。
三葉の意識が入った瀧を可愛く思った司は、三葉を可愛い年上の女性と意識します。
瀧を巡って三葉と奥寺先輩が、三葉を巡って瀧と司が
四角関係の勃発です。
大学受験を控えた瀧は心乱され、様子の変化に気付いた瀧の父も気にかけます。
周囲の思惑と障害で2人は関係を温め合うこともできない。
名前を知らなければこんなことにはならなかった。
名前を知らなければよかった。
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あの時、ご神体を囲む岩場で、お互いの手のひらに名前を書いたら2人の関係は進展しない、障害が起きる。
名前を書いてはいけない物語でした。
「目が覚めてもお互い忘れないようにさ、名前書いておこうぜ」
と言った瀧が名前をなぜ書かないのか、書いたら物語は破綻する。
そのために瀧は名前を書かないキャラクターとして描かれた。
三葉はノートに書かれた “お前は誰だ” の問いかけに照れることもなく瀧の手のひらに “みつは” と書きました。(自己紹介しました。)
瀧は「なんだ、これ」、“お前はなんだ、この人生はなんだ” と三葉の腕に書きなぐります。
瀧(三葉)は周囲から瀧と呼ばれて名前が瀧であることを知ります。
三葉(瀧)は照れて自分の名前が瀧であると三葉に対して自己紹介しませんでした。
奥寺先輩とのデートのセッティングも三葉の手腕でした。奥手の瀧にはできませんでした。
「目が覚めてもお互い忘れないようにさ、名前書いておこうぜ」
とは言うものの こっ恥ずかしくて 名前が書けるものではありませんでした。
(平仮名で たき と書くのか、片仮名で タキ と書くのか、漢字で 瀧 と書くのか、それともローマ字で TAKI と書くのか……書けない)
でも気持ちは伝えたいと不器用に “すきだ” と書くのでした。
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脚本おそるべし
映画のラストに導くために、結末を破綻させないために、台詞を選ぶ、行動を記述する、その台詞を言うことが、行動を取ることが不自然にならない性格設定。
連絡が取れなくなった三葉に会いに行くために旅に出る、司と奥寺先輩を宿に置いてひとり山中に向かう。そういう行動力のある男だと予感させるために三葉(瀧)が机を蹴り倒すという描写。
“練られた脚本” という言葉を映画評論で読んだり聞いたりしたことはある。
それがどういうことかは、よくわからなかった。
つまり読んだり聞いたりしてわからなかった。
ブログを書いてみて、こういうことかと思った。
わからなかったら別の条件を設定して自分で想定してみることだと思った。
それではまた。