nikoichixのブログ

新聞やテレビ、本を見て思ったことを綴っています。書いてみたらこんな展開になるとは思わなかった。まいっか。

問題は問題意識がないことだった―財務省・TV朝日セクハラ問題

セクハラを容認する報道現場の空気

元財務次官がセクハラ発言をしていないと言うのは正直な気持ちだと思う。

(なに言ってんだ―!)

前の担当も歴代の担当も各社の担当も何も言わなかったし今まで問題にならなかった。先輩も上司も問題にならなかった。どうして自分だけがこんな目に遭うんだ、とばっちりだ、不運だ。セクハラは相手が不快と感じたかどうかが分かれ道、不快の意思表示をされたことがないからセクハラをした認識がない。偶々、告発した女性記者が今までの担当と違っていた、不運だった。と思っているのではないか。

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(2018年5月3日 朝日新聞朝刊25面)

「セクハラ発言が飛び交う職場でそういった環境を変えるというよりは、むしろ「なにくそ」と乗り越えて闘い続けることがデフォルト(初期設定)だった」

「セクハラ発言を気にしていては仕事にならないと受け流し、変えようとしなかった。こうした環境を放置した責任が私たち世代の女性にもあるのではないかと感じ、申し訳ないと思った」(均等法が成立した85年にアナウンサーとしてフジテレビに入社し、今はフリーでキャスターとしても活動する長野智子さん)

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女性記者の声

 

「新人時代はセクハラを許す土壌など構造的な問題があるという認識もなく、自分がだめなんだと矮小化してしまった。」

「自分に隙があったのか、相手に勘違いさせたのかと思う」

 

セクハラを受けるのは自分のせいだと思っている。

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「次官の取材に「行けません」と言えば記者失格になると考えてしまう。」

「被害を訴え、担当を代えられたら、自分のキャリアにマイナスになるのではと思ってしまう。」

「社会をよりよくする報道をするには、苦労は我慢しなければ と思い込み、自分の感覚を鈍感にさせていた。」

 

仕事のプレッシャーで被害を訴えるのを躊躇する現実がある。

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「信頼している人でもあったので、相手の人生を変えてしまうんじゃないかという怖さがあった。」

「仕事を辞めさせたいわけではなく、私にも周りにも二度としないでほしい。」

 

相手の人生を慮って告発ができなかった。

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「うまく受け流せ」「女をつかって仕事をしているくせに」

 

会社で相談するどころじゃない。言っている側はセクハラの認識がないのだろうか。

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もはや女性記者抜きでは現場が成り立たない

「報道現場で活躍する女性記者の数は年々増えている。日本新聞協会によると…」

女性記者の割合

1990年 3.5%、 2001年 10.6%、 2017年 19.4%

朝日新聞の記者のうち2割は女性ですが、最近は新人記者の半分近くは女性です…」

 

男性の記者志望者が減っているのだろうか?

 

全文表示 | 日本から「新聞記者」志望者が消える日 米国では驚きの不人気ぶり : J-CAST会社ウォッチ

 

「中高生向けの仕事情報サイト「13歳のハローワーク公式サイト」が14年8月中に集計した「人気職業ランキングベスト100」には、「新聞記者」や「新聞業界」のしの字もみられない。

編集者(6位)、テレビ業界で働く(19位)、出版業界で働く(66位)など、他のマスコミ仕事と差をつけられている。」

 

志望者の減少と相まって相対的に女性比率が上がったという構図の中、記者の半分が女性という時代がやってくる。

「女を寄こすな」と言っても女ばかりになるかもしれない。

 

新人の女性記者が旧弊に染まらずにやがて管理職になればセクハラの相談のハードルが下がるのではないか。

過去の思い出話で以前の体制では無理だったなんて話になったら立つ瀬がないではないか。

 

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会社が相談できる仕組みをつくっても相談できない現実

1月下旬の朝日新聞フォーラム面の「#MeToo」特集で、メディアで働く人たち191人に聞いたアンケートでも、セクハラに遭ったことがあると答えた119人中7割近くが誰にも相談しなかったと答えていたという。

窓口を設けても自己責任、キャリアに関わると考えて、成果へのプレッシャー、相手を慮ってハードルを越えられないという現実がある。

 

ネタを取ってくると会社が評価してくれる。その代償がセクハラを我慢することという構図では中々表に出ない。

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新聞TVではネタにならなかったージェネレーションギャップ

TV朝日の女性記者が問題視しても黙殺されてTVで報道されなかったのは、日常のことで異常と思わなかったからネタにならないと判断されたからではないか。

 

そういうもんだと受け入れてきたオジサンオバサン世代と、おかしいものはおかしい嫌なものは嫌と主張する若手とのジェネレーションギャップで話が通じなかったのではないか。

 週刊誌でなければネタと捉えなかったのではないか。

週刊新潮の記事が反響を呼んだらネタになると判断されて横並びで一斉に報道。

 

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既に発生している二次被害

「食事は行かないほうがいいかな」「録音してないよね」取材がやりにくくなったという。これがTV朝日の女性記者の上司が心配していた二次被害の正体ではないか。

 

しかしこれは上下関係ではないのか?

公式の記者会見では聞けない話がある。相手の懐に飛び込む非公式の取材も必要とされている。その原因は他社を出し抜いて重要なネタを掴みたいという動機が根底にあるからではないか。

ネタを取るために取材相手の歓心を買うために我慢をする。それが上下関係という構図に結び付いている。

 

取材する側とされる側は対等ではないのか、上下関係はおかしくないか。

対等ではなく上下関係による鬱屈から反動で批判に走ったり同調していることを想定して、差し引いて読んだほうがいいのだろうか。

 

立場,地位の違いがあるから人間として対等ではないという勘違いが起きているのではないか。

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勘違い

対等と言えばタメ口をきくことだと勘違いしたり、立場が上だと思ったら相手を奴隷扱いできると勘違いしたり、平等というとサボっても同じ金を要求したり、足が速い子も遅い子も手をつないでみんなで一緒にゴールインという大人による足の速い子に対するイジメをやりながら思いやりがあって優しいことをしていると思い込む勘違い。

 

セクハラパワハラする側と(自分に価値がないと思い込んで)受け入れる側の勘違い。

 

 

取材は上下関係が当り前になっているのではないか

 

政治家、官僚は上という考えでは取材相手によっては下に見ることもあるのではないか。

取材させてください。取材してあげる。下になったり上になったりすることがあるのではないか。

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動機は何か? 会社に評価されるからではないか

取材相手の懐に飛び込んで何としてもスクープをものにしたい

スクープ 

他社を出し抜いて重要なニュースをつかみ報道すること。スクープ記事とか特種(とくだね)とか云う。

 

スクープよりも裏取りや舞台裏や背景といった深堀りした記事を書くために有効かもしれない。

記者が張っていることで下手なことはできないと緊張感を与えるなら意味がある。

上下関係になって癒着したらミイラ取りがミイラではないのか。

 

二紙を併読して、こっちには出ているのに、こっちには出ていないと毎朝比較している身としては先取りスクープは否定できない。

(発表するつもりがないから)いくら待っていても出て来ないネタ、記者の努力・社のバックアップがなければけして表に出て来ない調査報道スクープを読むと溜飲が下がる。

 本物のスクープを読んだら喝采を贈ろう。

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セクハラも前例主義だった

相手が黙っているからOK、先輩上司が大丈夫だったからOK、自分も大丈夫なはず、

それは油断。

 

相手が外国人でも同じことをするのか、外交問題、国際問題になると考えてやらない、でも日本人女性相手にはできる というのは島国根性ではないか。

 

先輩上司同僚が大丈夫だったから自分もやる、今まで大丈夫だったから今度も大丈夫、それではコピペになってしまう。

 

担当は代わる、相手は代わる、違う個性の人間。

過去の自分がOKと思っていたことが、今の自分はNO

過去の自分がNOと思っていたことが、今の自分はOK

今、自分がいいと思うかで判断する。他人と自分の過去のコピペでキャリアを損なうなんて勿体ない。

 

それではまた。