(日本経済新聞2018年11月2日朝刊39面)
「給食「残さずに」トラブル頻発」「指導行き過ぎ→拒食症や不登校」「残飯減らす目標 背景に」
文部科学省→各教育委員会 通達「学校給食摂取基準」で給食の望ましい栄養量を定めている。
※但し「個々の実態などに十分配慮し、弾力的に運用する」としている。
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現場は摂取基準の栄養量を必達ノルマと解釈したのか―趣旨と正反対の結果を招いた
「学年ごとに残飯の量を計測される。目標をクリアしないと校長から指導される」ので完食するよう言わざるをえない」
上がひたすらに怖い、良し悪しは関係ない。目標は上が決めることで自分で考えることじゃなくなった。
どうしてそうなったのか
心に余裕がない。どうして心に余裕がないのか。雑務・書類に追われて長時間残業が常態化して子供に寄り添っている場合ではなくなっているのではないか。
「先生、あなたはか弱き大人の代弁者なのか」(尾崎豊 “卒業”の一節 1985年リリース)というフレーズが浮かんでくる。
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もはや虐待の域に
「クラスメートの前で先生に魚を口に突っ込まれ、飲み込むまで見張られた。」→きっかけで拒食症になり不登校になった。
「給食を食べない子はわたしのクラスの子じゃない」→叱られたくないので口の中に隠してトイレに駆け込み、捨てることが数十回。
給食は何より苦痛の時間だったと当時を振り返る卒業生。
楽しいはずの給食の時間が苦痛の時間になった。
「保護者は「吐き続けるまで食べさせられたことが何度もあり、このままでは息子が危険だ」
元被害者が支援団体を発足させる
2017年5月に「一般社団法人 日本会食恐怖症克復支援協会(東京・渋谷)」が発足。
子供や保護者からSNSを通じて毎日10件程度の連絡があり、2017年5月~2018年9月までに延べ一千人以上の相談を受けた。という。
心の余裕を失ってノルマノルマと必死こいても、やり過ぎて問題になれば、教員は教育委員会から厳重注意を受ける結果になった。
ノルマを達成するために必死になっても問題になれば、ノルマを通達した側から “やり過ぎだ” と注意を受けるのが社会です。
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ノルマとは組織の社会的信頼を損ねて達成することではない
(そんなの当たり前だー)
数字を達成して(したことにして)上から褒められたい、怒られたくない。
ノルマ達成のために、口頭の嘘、書類、データの書き換えや改ざんや印鑑の使い回し、隠蔽工作、パワハラetc、暴走が止まらない。
販売ノルマ達成のために嘘吐いたり、しつこいと、個人ではなく組織の悪評が井戸端会議やネットで拡散する。
生産・建設ノルマ・スケジュール達成のために書類、データの書き換えや改ざんをしたら、リコールや建て直しや受注・販売減で利益が吹っ飛ぶ。立ち入り検査や検査の頻度が増える。業務・生産の中断と受注減のダブルパンチでコストが上がる。
そんなことは大人ならわかりきっているのに、なぜ次から次に出てくるのか。
不祥事を起こしたり問題になる組織や現場は、下から上まで(末端の混乱ぶりで指揮系統の混乱を推測できる。戦では敵を欺くために混乱を装うこともある。)心に余裕がないのではないか。
下が上の顔色ばかり気にするのは上にも心の余裕がないからではないか。
給食ハラスメントを起こす教員は子供を見る余裕を失って、校長・教頭や学年主任の顔色を覗っているのではないか。
心に余裕のないセールス、販売員は顧客よりも上司の顔色を覗っているのではないか。
心に余裕のない生産現場は顧客よりも本社のエライ人の顔色を覗っているのではないか。(たとえ お客様第一のスローガンを掲げてはいても)
どうしてそうなるのか。
顔色を覗われる側も余裕がないから、気にさせてしまうのだと思う。
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上を必要以上に気にする人は顧客・社会をスポイルして上が提示した数字を達成しようとする。
上を必要以上に気にしない人はモノを言うか、去る。
必要以上とは 不適切、不法行為に至ってしまうことです
余裕を失って、モノを言う人をスポイルすると、必要以上に上を気にする人ばかりになります。
(アンタナンデソンナゴーマンナノ)
それではまた次回。