nikoichixのブログ

新聞やテレビ、本を見て思ったことを綴っています。書いてみたらこんな展開になるとは思わなかった。まいっか。

日本の9条とドイツの再軍備化―何が両国を分けたのか

ドイツ連邦共和国基本法 第26条(侵略戦争の準備の禁止)

 

  1. 諸国民の平和的共存を疎外するおそれがあり、かつこのような意図でなされた行為、とくに侵略戦争の遂行を準備する行為は、違憲である。これらの行為は処罰される。
  2. 戦争遂行のための武器は、連邦政府の許可があるときのみ、製造し、運搬し、および取引することができる。詳細は、連邦法律で定める。

 

侵略戦争に限定して禁止しており、連邦政府の許可の下で兵器の運用が明文化されています。

 

第12条(職業の自由)とは別に、第12条a(兵役およびその他の役務)が定められており、

  1. 男性に対しては、満18歳から軍隊、連邦国境警備隊または民間防衛団における役務を課すことができる。
  2. 良心上の理由から武器をもってする兵役を拒否する者には、代替役務を義務づけることができる。       

防衛事態においては住民の保護を含む非軍事的役務を課す。武器を持たずに避難誘導等をして住民を守ったり、軍隊への供給に関わる役務に従事するということです。

6項において、労働力の需要が志願に基いて充足されないときは、職業行使または職業を放棄するドイツ人の自由は制限できることが定められています。

嫌だと言っても通らない。防衛事態において国防に協力しないことは認められないと法律で定められています。

そんなこと書かなくても当り前だろうとは思わずに、ルール化しないと気が済まないドイツ人の気質を感じます。

 

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日本国憲法第9条(戦争の放棄と戦力の不保持)

 

  1. 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
  2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 

連合国側の扱いの差はどこから来たのか

戦陣訓「生きて虜囚の辱めを受けるなかれ」

明治の軍隊にも戦国時代にもない、昭和の軍隊独自の風習。

戦国時代は敵に討たれる前に自刃して果てる武将もいました。農民町民、足軽のすることではありませんでした。

それを昭和の軍隊は一兵卒、民間人にまで求めました。全国民武将の覚悟を持てということです。

 

特攻・玉砕、捨て身の攻撃は米軍側から見れば自殺でした。

負けが見えたら降伏するドイツ軍、勝敗が見えても降伏しないで全滅するまで戦う日本軍に米兵は精神的ストレスを覚え、こいつらいい加減にしろ、と思って日本を徹底的に武装解除しようと決意させる動機になったのではないか。

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朝鮮戦争がドイツ再軍備の契機となる

 

ハイネマン内相「神は我々の手から二度も剣を取り上げられたのだ。三たび剣を取ることは許されない」

アデナウアー首相「わたしの考えでは、神は我々に考えるための頭を与え、行動するための手を与えたのだ」

 

アデナウアー首相の考えでは西ドイツ(当時)は西側諸国による安全保障を求めていた。だが、ドイツ人自身が防衛に貢献することなく、西側とくにアメリカが自国の兵士を西ドイツのために犠牲にすることは考えられなかった。

ドイツ人自身が防衛力を供出してこそ、西ドイツの安全は保証される。

遅かれ早かれ西ドイツの再軍備化は避けられない。

 

朝鮮戦争の影響で米軍はヨーロッパに兵力を投入できない。東側に対して西欧の安全保障のために西ドイツの再軍備が現実味を帯びた。

何よりもアメリカが西ドイツの再軍備支持へと舵を切った。(フランスは当然反対)

※ダレスの提案に乗ったドイツ(というか渡りに船だった)、乗らなかった日本。

[(アメリカ政府から講和予備交渉を開始する権限を与えられた)「ダレス氏は再び日本の再軍備の必要性を説いたが、私はそれは不可能でもあり、望ましくもないことを繰り返した。そして、アメリカと協定を結んで日本の安全を保障することを日本側から提案した。(日米安保条約のこと)…日本を決定した百年 吉田 茂著 101頁 4月11日追記]

 

遥か東洋の朝鮮戦争対岸の火事と捉えずに再軍備の契機としたドイツ

間近の朝鮮戦争再軍備の契機としなかった日本

※米アイゼンハワー政権の国務長官

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西ドイツ国内の猛反発

 

1950年末時点のアデナウアー内閣の支持率は24%にまで落ち込み、各州選挙でCDU(キリスト教民主同盟)の敗北が続いた。全国で「オーネミッヒ(わたしはごめんだ)」という標語を掲げた再軍備反対のデモや集会が広がった。

 

再軍備反対の大合唱に対してアデナウアーは

「自ら防衛に貢献せぬまま、アメリカの両親たちに息子を犠牲にせよと言えないではないか。」

「主権回復のためには再軍備は不可欠である。」

主権=軍備 という力の信奉者であった。

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スターリンによる揺さぶり

 

再統一ドイツと平和条約を結ぶ覚書を米英仏に送付した。

本心かどうかは別にしてドイツの中立化を謳っての揺さぶりです。

ドイツが中立化することは米軍のドイツからの撤退です。

ドイツからの撤退は事実上の欧州からの米軍の撤退になります。

(現在、米軍の陸軍、空軍、海兵隊、特殊部隊の基地はドイツにあります。(海軍はイタリア)

それはソ連に対して西欧側が劣位になるということです。

ドイツの中立は中立にはならず、ソ連の圧倒的優位を意味しました。

 

ドイツの再統一はドイツ人の願いですが、中立ではなく西側陣営に属した統一ドイツであるべきと考えるアデナウアーはスターリンの、ソ連の提案を突っぱねるよう西側連合国に釘を刺します。

しかしスターリンの提案は西ドイツ国内の統一を目指すナショナリストや中立思考の平和主義者を惹きつけます。

 

アデナウアーはキリスト教に支えられたヨーロッパの統合か、無神論ソ連支配かの二者択一の議論で、党内と国民のキリスト教感情に訴え、説得に成功します。

平和主義者、中立主義者に対してはボルシェヴィスト、モスクワの手先というレッテルを貼り、反共感情に訴えて国民の支持を遠ざけました。

反対派からは復古 反動とレッテルを貼られました。

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力の政策―ソ連とはそもそも交渉が不可能という認識

 

「ドイツと西欧への攻撃はロシア自身にとっても非常に大きな危険を意味するということをソ連に確信させなければ、われわれ、すなわちドイツと全西欧は、ソ連によって混乱と隷属を強いられ、キリスト教は根絶やしにされると私は考えます。

そして言葉によってロシアにそう確信させることは不可能です。

あらゆる全体主義国家と同様にロシアは、言葉ではなく力を尊重します。

全体主義国家は力なくしては国民を抑えられない)

それゆえ、攻撃した場合に自ら招く危険をロシア人に認識させるには、西欧に強大な力を築くことが必要です。

……こうした攻撃力の構築のみが、平和を維持することができるのだとわたしは強く確信しております。」

 夢想して信じていたら手込めにされてしまうと危機感を持った。

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反対運動は自然消滅した

 

世論調査で「西欧軍の枠内での再軍備」に対して肯定的な声が半数近くなり、「オーネミッヒ」に代表される反対運動も1952年中には自然消滅した。

何より当時のドイツ国民にとって最も重要だったのが経済問題であり、再軍備をはじめとする安全保障問題は二の次だった。

そこのところは日本国民も同じだったが道は分かれた。

 

1953年9月6日 連邦議会選挙

 

投票率 86%

得票率

与党 CDU(キリスト教民主同盟)/CSU(キリスト教社会同盟)連立 45.2%

野党 SPD(社会民主党) 28.8%

少数政党 FDP(自由民主党)9.5%  DP(ドイツ党)、BHE(故郷被追放者・権利被剥奪者連盟)

アデナウアーは少数政党も連立政権に引き入れ、連邦議会の2/3以上を、11月には連邦参議院も2/3の議席を手中に収めて、基本法改正の要件を手に入れ、着手した。(基本法第79条2項)

 

基本法第79条(基本法の改正)

1 基本法は、基本法の文言を明文で改正または補充する法律によってのみ改正することができる。

講和の規律、講和の規律の準備もしくは占領法秩序の解除を対象とする国際条約、または連邦共和国の国防に役立つことが確実な国際条約の場合には、

基本法の規定が条約の締結および発効に反しないことを明らかにするには、

そのことを明らかにする文言の補充で足りる。

※補充とは18歳以上の男子の国防義務が追記されたこと。

2 このような法律は、連邦議会議員の3分の2および連邦参議院の評決数の3分の2の賛成を必要とする。

 

日本の場合は 96条… 各議院(衆議院参議院)の総議席の3分の2以上の賛成で、国会が発議し国民投票、または国会の定める選挙で行われる投票で過半数を得るという二段階のハードルがある。

国民投票を行わない場合の国会の定める選挙とはどういうことか。まさか解散総選挙か。

両議院の3分の2の議席を収めて賛成の発議の後に、国民投票か国政選挙で過半数を得なければならない。

国政選挙で3分の2の議席を収めた後で解散総選挙をするのは議員にとってハードルが高い。

日本人に憲法を改正させないという強い決意が込められている。

そこがドイツの基本法との違い。その違いはどこから来たのか。対ドイツ戦とは異なる特攻・玉砕という捨て身の攻撃で受けた被害に日本の非武装化を強く望んだからではないか。

 

それは矛盾を孕んでいます。

憲法には改正に関する記述はありますが、廃止に関する記述はありません。

何故なら軍事力により主権を奪われたり、革命により政権を奪われた場合は、奪った側が憲法を廃止するからです。

 

暴力反対、無抵抗主義を貫くと言います。無抵抗を貫いたら憲法を廃止されてしまいます。

無抵抗主義と憲法を護ることは両立しません。

暴力で奪った側が願えば聞いてくれると思っているのでしょうか。

ドイツ人は基本法(ドイツの憲法に相当→146条 基本法の失効 ドイツ国民による自由な意思で制定された新しい憲法の施行を以て基本法は効力を失う。4月9日訂正)を護るために基本法の修正や追記を容認したと云える。

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誰が指導者かで歴史は変わる

 

当時の西ドイツの首相がアデナウアーでなかったらチャーチル(英)、ドゴール(仏)がいても欧州はスターリンの手込めにされていたかもしれない。

 

日本の首相は吉田茂鳩山一郎石橋湛山岸信介

順番が違っていたら、交代の時期が異なっていたら、違う歴史になっていたと思う。

 

それではまた。

 

 

アデナウアー - 現代ドイツを創った政治家 (中公新書)

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世界の憲法集〔第五版〕

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日本を決定した百年―附・思出す侭 (中公文庫)

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