東京都知事の任期は4年なのに、5年間で4回も選挙をしなければならない事態に陥りました。
報道では「政治不信」の文字が躍っているけど、これは「選挙不信」の言い換えではないのか。
選挙は民主主義の根幹を為す。「選挙不信」なんていう言葉を使ってはいけない。と自制しているのではないか。
選挙で選んでも問題を起こして辞める。何のための選挙か。意味がない、誰に入れていいのかわからないとしらけて投票率が下がる。
(2014年東京都知事選の投票率は46%でした。(50%を切ってぶったまげた。)候補は記憶の範囲では舛添要一氏、細川護煕氏、宇都宮健児氏、家入一真氏、ドクター中松氏 …でした。)
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とにかく知事のクビを取れ!この道しかない!知事の公金の使い道は沖縄よりもアメリカの射殺事件よりもイギリスのEU離脱よりも大事!とトップ扱い。
辞めろコールする人も辞めろ記事書く人も選挙の時に舛添氏に票を入れたかも知れないけれど もう関係ない。お祭りだ!
当選したということは相当数の人が票を入れたということ。(Nikoichiもその一人)
選挙の時に入れたのに辞めてコールをする人は、「裏切られた、そんな人とは思わなかった。」その気持ちはわからないでもない。
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いやな感じがするのは、とにかく辞めさせればいい、影響とか後のこととか関係ない。という路線にうまく乗せられていると思うからです。
主権は都民にあるのにメディアと政局に奪われているのではないかという違和感が拭えないからです。
視聴率が取れればいい、売れればいい、選挙で推薦候補が敗れた会派は引き摺り下ろしたい。辞めろと言う他に道はない。
選挙で応援した会派は知事が問題を起こす前にアドバイスを出来なかったのか。
自己責任だと丸投げ状態だったのか。
「これはまずいぞ」と一言いえる間柄ではなかったのか。
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辞任を迫る会派は先に候補を用意する。(建設的不信任)
辞めさせてから候補を探す。選ぶ。誰にしようかと思案するって泥縄な感じが否めません
。
「辞めろ」というばかりで代わりの用意がない。
建設的不信任で解散権を封じる。
辞任を迫る際に「わが会派はこの人を次期知事候補に推薦する。よって辞任を要求する。」
辞任を要求するすべての会派が次期知事候補を擁立している場合は解散権の行使ができない。ということにする。
(ただし あくまでも不信任案を提出する全会派が候補を擁立していることが条件です。一部でも候補を擁立していない会派も便乗して不信任案を提出した場合は知事は解散権を行使できます。)
辞めさせっぱなしは無責任。辞めさせっぱなしにするつもりなら解散権を行使する。
選挙戦略のために候補は他党の動向を見てから発表する。急いで出したら不利。後から発表する。
選挙期間が17日しかない。事前の情報がほしい。
有権者と政党の間でギャップが生じています。
政党が早めに候補を擁立する動機とするために、解散権封じと早期候補擁立を引き換え条件にするのです。
有権者、マスコミは候補のことを調べる時間ができます。選挙の心構えができます。
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候補が揃いました。
顔ぶれを見て、今の方がましということが起こらないとも限りません。
イヤな人を辞めさせたら後釜はもっとイヤな人だったということも起こりえます。
また辞めろコールが始まって議会機能が停止したらどうするんだ という判断が働きます。
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顔ぶれを見て勝てると判断した場合は辞任した現職も立候補するのは自由。(政治資金規正法等他法令で罰せられていない場合)
禊(みそぎ)の選挙にして復権を果たすのです。
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辞めさせる。選挙をする。その前にできることはないのか。
クビをすげ替えてばかりしていたら、事業、業務は停滞して進捗しません。
今いるメンバーを活かす方策を執れないものだろうか。
政治の世界はそんなキレイ事ではない。足の引っ張り合いは当り前。
身内でも足を引っ張り合う。
東日本大震災で当時の政権の対応に批判が集中したけど、何よりもうんざりしたのは内輪での足の引っ張り合い。主導権争い。
こんな時によくできるものだとあきれた。(2009年の選挙で逡巡しながらも入れなくて正解だったとこのときに確信した。)
最初からデキル人はいない。続けている内にできるようになっていく。
脱落しないように支えていく。ゼロからのやり直しは時間がかかる。時間が許さない場合もある。
誰かいい人はいないか。誰かいい人が出てきて何とかしてくれるんじゃないか。
その願望は独裁者願望。
今いる人を活かす。目の前の人を活かす。そういった場でいい人になっていく。いい人がやってくる。
今いる人はダメな人ばかり、今すぐできないからクビ、誰かいい人が来てくれないかな。
そんなところにいい人は来ません。
それではまた。