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nikoichixのブログ

新聞やテレビ、本を見て思ったことを綴っています。書いてみたらこんな展開になるとは思わなかった。まいっか。

組合と労働者の対立で後退した野党

組合は労働者の味方。それは組合員に限定された話です。

そんな組合のあり方を是正することなく票田と頼った政党も後退を余儀なくされました。

 

組合員以外の労働者を敵に回した組合の話

 

 

今日では鉄道のストライキという話は聞きません。

1970年代 JRの前身 国鉄の労使関係は悪化して利用者(国鉄組合員以外の労働者)を無視した労使紛争が繰り返されていました。

 

国鉄ではストライキが禁止されており(それでもストライキが頻発していましたが)「順法闘争」という戦術が使われていました。

 

条件(給料、休暇、配置等の人事)闘争のために

安全のためという口実をつけて踏切の手前で一旦停車を繰り返しダイヤを乱す。

ラッシュですし詰めで乗っている通勤、通学客はたまったものではありません。

 

間引き運転で更に混雑は激しくなる。乗りきれない。ドアが閉まらない。

とうとう電車が止まる。

駅に集まる利用者を列車が運び出せないため、駅から人があふれ出る。

 

 

鉄道が止まれば、あらゆる職場も学校も機能停止して社会が大混乱になる。

だから要求を呑むはずだ。

 

そうはならなかった。

 

電車が動かないのなら職場に向かって線路を歩きだす。(日本人です)

「お前も一緒に歩け」と駅員が乗客に連れ去られる。

★☆★ 

それでも止まない「順法闘争」に利用者がキレる。

1973年4月24日 赤羽駅にいた帰宅途中の通勤客らはいつまで経っても下り電車が来ないことに腹を立てていた。順法闘争で帰宅できない。これほど理不尽なことはない。

青森行きの急行 津軽1号が普通列車扱いで赤羽駅に到着したが、すでに満員で乗り込めない。

乗り切れなかった乗客たちは津軽1号の窓ガラスを割ったり、線路を歩き始めたりした。

これで東北線高崎線は不通になる。

 

乗客を乗せたまま山手線が順法闘争で止まる。乗客は人質か?

そうはならなかった。非常コックでドアを開けて線路に降り立ち電車の先頭部(運転席)を取り囲んだ。

これで山手線・京浜東北線は不通になる。

 

駅のガラスは叩き割られる。自動券売機も壊される。危険を感じた駅員は逃げる。

上野、秋葉原、新宿、池袋主要駅をはじめ暴動は38駅にも及んだ。

 

首都圏の電車は90編成以上が被害を受けた。走行不能に陥った車両は線路上に残された。

 

被害が大きすぎたため翌朝は電車が1本も走らない事態となる。

乗客たちは怒りを新たにし、松戸駅では「電車が動かないのなら線路を歩く、案内しろ」と駅の助役を連れ出し、助役が先頭にたって線路を行進した。

★★★

それでも懲りない野党

 

 

「暴動の背後には一部の挑発行為があるやと伝えられている」

あくまでも組合べったりの態度を貫いた。

扇動があったとしても利用者の怒りがなければ暴動には発展しない。

 

サボるのも権利で現場は荒廃

 

 

乗務実態がないのに旅費や夜勤手当が支払われるヤミ手当、仕事がなくても給与が支払われるブラ勤。

認めなければ組合は超勤拒否、突発年休で抵抗する。(乗務員が確保できず、列車が動かない)

 

非効率経営で相次ぐ運賃値上げ

 

 

新宿~高尾間の運賃 国鉄京王電鉄の3倍

(現在はJR550円と京王360円で1.53倍に是正されています。)

 

★★★

非効率経営の原因を追求できなかった野党

 

 

我田引鉄という鉄道誘致運動がありました。

政治家が自らの選挙区(票田)に鉄道を誘致して選挙での得票に結びつける。

地方の利用率の低いローカル線の建設、運行は国鉄の経営の足を引っ張りました。

 

野党は与党政治家の鉄道の政治利用を批判し、バスでの代替運行を提案すべき立場であった。

しかし鉄道路線の延伸は組合員の職場が増えることでもありました。

批判をすれば地元の反発も受ける。

野党の役割を果たすことができなかった。

 

地方ローカル線の運行費用は運賃の稼げる都市の儲けから回す。

都市の居住者が負担する。私鉄との運賃格差が広まった。

 

歯止めをかけるには分割民営化をして、全国一律ではなく地域ごとに最適運賃とする他なくなりました。

 

★★★

改革は与党側から

 

 

我田引鉄で疲弊した国鉄の改革案として与党側から国鉄改革関連法案(分割民営化)が提議されました。

非採算路線の廃止は各社の経営判断となります。

 

与党の票田であるローカル線の廃止に結び付くのに、なぜか野党は弱者切り捨てと言って反対した。

野党は組織票の票田である国鉄労働組合国労)の勢力維持しか関心がなかったのです。

 

抵抗勢力を更迭

 

当時、仁杉国鉄総裁が提出した辞表を 中曽根首相が「縄田君(抵抗勢力の親玉)の辞表も一緒に持って来なさい。そうでなければ承知できない」と押し返したところ、総裁はブラフ(はったり、おどし)のつもりか「それでは、全理事の辞表を出しましょう」と全員の辞表を持ってきた。

国鉄首脳陣は国鉄理事が全員辞めたらさすがに総理は困るだろう。後の人事が困るから受け取りはしないだろうと読んだのか。)

中曽根首相はもっけの幸いと辞表を受け取って抵抗勢力を更迭しました。

 

1986年7月の衆参同日選挙で決定的に(選挙の争点は国鉄の分割民営化)

 

 

国労をバックに反対を訴える野党の声は国労に怒る大多数の労働者に無視されて自民党の圧倒的勝利に終り、国労からの脱退者が相次ぎ抵抗する力はなくなりました。

 

★★★

歴史は繰り返すのか。

 

組合員=正社員=野党の支持者という固定観念を捨てられずに派遣労働者の正社員化に拘る野党。

 

増加する派遣社員を取り込むことはしないで、減少する正社員(現組合員)の条件を守ることに拘って衰退していく組合。

  

その組合を票田とする野党。

 

これでは派遣業務が拡大する中で勢力範囲が縮小する一方です。

野党と組合は心中するつもりなのでしょうか。

 

それではまた。

 

 

誰も語りたがらない 鉄道の裏面史

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自省録

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