(お盆前の8月11日公開後更新)
パンデミックの収束は専門家の医学的終息と政治家の社会的収束の狭間にあると思っています。
渋谷クラスターフェスは詰めの甘さで迷惑認定
本心からコロナはただの風邪だと思っているならそう思っている人たちだけで密室で集会をすればいい、渋谷の屋外に集まる理由も山手線ジャックをする必要もまったくありません。本気でコロナをただの風邪だと信じているのなら。
本当は信じていないから屋外でするのです。本当は信じていないから自分たちだけでは心配で不安だから関係のない人が通る渋谷でやったり、関係のない人も乗車している山手線でやると言うのです。
ただの風邪ならぬ、ただの嫌がらせです。
もしも本気で信じていると言うのなら、自分が何を信じているのかわからないのです。
ツッコミどころ満載です。
自粛疲れに対する抗議の一種なんだろうけど詰めが甘くて反発を招いた。周囲のお店はヤバいってシャッターを下ろす(結果的に威力業務妨害)ということが予測できなかったという意味で周囲の反応と行動のことは考えていなかった。周囲のことなんか気にしていない、どうでもいいという考えであることを浮き彫りにしてしまいました。
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言論の自由はあっても事実を変更する自由はありません
事実を変えるとは、都合の悪いことをなかったことにしたり(俗に隠蔽と言われます)、都合のいいことがなかったのにあったことにして美談を作ってしまうことで独裁政治の専売特許のような行為です。
(独裁政治じゃなくてもやってしまう人がいたり組織的にやってしまったりすることもあるけど。)
デマを流すのもその一種です。
自分たちだけで密室でマスクなしで集会をすればいいのに、それをしないで渋谷に集まったり山手線ジャックをしようとするのは参加者や偶々居合わせた通行人や乗客に感染者が出ても原因の特定が困難(お前らが原因だと言っても伝染されたのはこっちだ、推定に過ぎないとトボケル)で感染の原因を有耶無耶にしようとする企み丸出しです。とツッコめます。
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どんなに問題はない、悪意はないと言っても実際の行動で打ち消しています。
本当に企んでいないなら自分たちだけでマスクなしで密室で集会をすればいいのですから。
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賛同しない人を巻き込む権利というものはありません
集会の自由とは関係のない通行人を巻き込まないことが前提です。
巻き込まないとは感染の恐れがないことを先ずは自分たちで密室で集会をしてその後の経過で安全確認をすることです。
それをパスしたということは本当は怖いのです。
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言論の自由に名を借りた ただの迷惑行為扱いになる
のですから強権的な措置として防護衣を着用して(暑い中大変ですが)包囲して全員ノーマスクで護送車に押し込んで(ただの風邪と言ってるので、まさか間を空けさせろとかマスクをさせろとか言わないでしょ)、人権侵害と言われないように空調の効いた密室でみなさんどうぞノーマスクで会談してください。
マスコミの取材も自由です、但しノーマスクで取材をする勇気(蛮勇)のある記者がいればですが。
無関係の人に心配をかけないように、全員抗体検査とPCR検査を受けていただき、結果がでるまで待機していただきます。
という措置を考えることができます。
(もし中国でクラスターフェスが起きたら当局はソッコーで排除するだろうね。)
(こんな奴ら迷惑だから権力で強制的に排除すべきだ、と思ったら何を意味するのか考えよう。)
密室で集会をして体調が悪くなったからといって隠蔽しないで下さい。隠蔽するために仲間を監禁したり消したりしないでください。
言論の自由はありますが事実を変える自由なんてないのですから。という正論を言います。
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社会的な収束を探る
専門家が考える収束とは医学的な終息(安全が確認された治療法、予防法の確立)で政治家が考える収束は社会的な収束(社会が荒廃する前に政治的判断をする)だと思っています。
理想論上の医学的な終息とはウイルスが根絶された状態です。
しかし歴史上のパンデミックの収束とは必ずしも根絶ではありませんでした。
ペストもコレラも地球上から根絶されたわけではありません。
毎年国内でインフルエンザで3000人近くが亡くなっていても緊急事態宣言は行われていません。
特効薬が発明されて大団円なんて映画みたいな展開が用意されているなんて期待するのは夢想だと思っている。
ワクチン、治療薬が開発されて安全確認をして出回るまで自粛を続けてワクチン、治療薬が出回った頃には、コロナに感染する以前に破産した人々が塁々で社会が荒廃している。
(縁起でもないことを言うな!)
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開発が進んで人類と未知のウイルスとの接触の機会は増えています
新種のウイルスが発生する度に総自粛を続けたら社会が荒廃していきます。
なぜなら家計会計が成り立たなくなって全人類が平気でいられる訳がないからです。
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却って紛争の元になります
今後、新種のウイルスが発生する度に医学的な根絶まで全人類が我慢できる保証なんて誰もできません。
誰もが高潔で敵に塩を送ることが期待できるとは限らないので、軍事的に対立している国家間や内戦状態において双方とも蔓延状態で戦闘不能になり休戦になる場合もあれば、感染を抑えた側が感染に困窮する側が動けないのをいいことに圧力をかけたりすることも起こり得る。そんなのは外道だと言っても通じるか通じないか価値観が一致するとは限らない。
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政治的判断をしたらSNSの炎上は必至
シルバー民主主義で高齢者の重症化リスクを重視して現役世代の破産を看過し続けて良いのかと政治的判断をすると
医学的な終息まで自粛を続けるべきだと炎上して破産倒産寸前或いは既に破産倒産した側が 命が何よりも大事と言いながら適者生存だオワコンだ自己責任だと上から目線で人の命を踏みにじりやがって と反発して社会の分断が顕わになる。
SNS民主主義の是非を問う機会になるのは間違い転じて福となすか。
それではまた。