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nikoichixのブログ

新聞やテレビ、本を見て思ったことを綴っています。書いてみたらこんな展開になるとは思わなかった。まいっか。

国語辞典の「自由」の説明がものすごくてコワイ→買い替えました。

家にあった国語辞典で「自由」を引くと 気まま、勝手、思い通り、好き勝手 と説明されていました。

 

国語辞典の解説通りであるのならば、「言論の自由」を「言論の好き勝手」と読み替えることも可能です。

言論の「好き勝手」とは無責任に思うままを言い散らすことですから「放言」と同じです。

 

この国語辞典の説明に沿うのならば「言論の自由」=「放言」ということになります。

 

この国語辞典の説明に沿うのならば(しつこい)「言論の自由」とは無責任に思うままを言い散らすことになるのですから、社会的制裁を受けない範囲で捏造、でっち上げ、中傷もやりたい放題ということになります。

 

★★★

英和辞典でFreedomを引くと、規則、負担、義務などからの解放、免除

Libertyを引くと、束縛、圧政からの自由、解放とあり、翻訳時の用例として 気まま、無遠慮、気安さ、率直さ 等が説明されています。

 

辞書は使う人が言葉の意味を知るための拠り所とするものです。

 

国語辞典で「自由」と「好き勝手」をイコールで結び付けたら、そりゃ勘違いする人も出ます。

「勝手なことをするな」「私の自由だ」お互いに自由と勝手の意味が異なり話がかみ合いません。

 

 

「勝手」を引くと 自分だけに都合のよいように行うこと とあります。

自由についての記述はありません。

編纂者は自由=勝手ではないとわかっているのです、なぜ「自由」の説明が冒頭のようになってしまったのか。手が回らなかったのか。

 

★★★

国語辞典を買い替えました。

 

 

という訳でクソ辞書(失礼)をブックオフで始末して、書店で「自由」の項目をチェックして納得できる説明のある辞書に買い替えました。

 

納得できるできないの分かれ道は、自由と勝手とわがままは別の言葉だから意味も違うだろう。

一緒くたにするなという単純な動機です。

 

「自由」を引くと①他からの強制・拘束・支配などを受けないで、自らの意志や本性に従っている・こと(さま)。自らを統御する自律性、内なる必然性から行為する自発性などがその内容で、これに関して当の主体の能力・権利・責任などが問題となる。とあります。

 

(日本における)自由の「わがまま、気まま」の訳の由来については“英華字典(1847年)”(英語→中国語)にfreeの訳語としてあり、“英和対訳袖珍辞書(1862年)にfreedomやlibertyの訳語として載るとあります。

 

「自由=わがまま」 は中国経由で入って来たということか。

 

それではまた。

 

大辞林 第三版

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