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nikoichixのブログ

新聞やテレビ、本を見て思ったことを綴っています。書いてみたらこんな展開になるとは思わなかった。まいっか。

和を尊ぶ故に情報共有が進まないというジレンマ

職 仕事

不祥事や事件が起きると 組織内で情報共有ができていなかった。或いは組織間で連携が取れていなかった、連絡がなかったという報道が繰り返されます。

顧客や利用者、住民から問い合わせはあったが、重要な事案とは認識されずに報告が上がらなかったと説明されます。

企業、公共団体を問わず、聞いたことがあるような話が繰り返されます。

その度に組織内で周知を徹底するという説明がなされます。

それでもしばらくすると別の組織、或いは同じ組織で似たような話が繰り返されます。

その度に組織の壁だ、縦割りの弊害だと非難されます。

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組織の壁を原因扱いしても情報共有は進まない。

 

何年何十年言われ続けても壁が消えることはありませんでした。

人は壁がないと不安になる生き物ですから、いくら壁を壊せと言い続けても壊しても、また壁を作ってしまいます。

☆★☆

顧客は誰なのか。

 

発注元のお客様はユーザーです。

業務委託先のお客様は発注元です。

接待したりされたり、潤滑油として一緒に飲んだりします。

 

奢(おご)り奢られるのが当たり前、先輩も上司もやっているからそういうもんだと思い込む。

お中元もお歳暮も受け取るのは普通。

 

一方で奢られるのも受け取るのもお断りする組織もあります。個人もいます。

固いこと言いなさんな、業界の慣習です。と言われても受け取らない。

ビジネスパートナーとしてお付き合いするので虚礼は不要と願いたい。

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最悪の場合

 

同じ発注元の委託先が他の委託先のミスを発見する。

お互いに牽制し合う、人の粗探しをするな、和を乱すな、和を尊べ。

お互い様で妥協する、見たことは忘れる、知らぬは発注元ばかり。

利用者、顧客から直接指摘を受けるのも委託先。

時間を浪費して、炎上して、マスコミが動いて発注元は対応に追われることになります。

業務委託をせずに内部であっても、外ではなく中がお客様意識では同じことが起こります。

 

そんな和は不要であると最初に言っておかなければならない。

説明不要となるまで世間でポリシーが認知されるまでには長い年月を要します。

実際にその通りに行動しなければ信用されない。

「いい話を聞きたいんでしょ」「実際に言ったら怒るんでしょ」

 

潤滑油として一緒に飲むのはいいが、奢られると甘さが出る、自分にブレーキがかかるのを懸念する。自分は奢られても妥協することがない強い人間と考えるのは過信。

この報告にオブラートはかかっていないか。解決しました、問題ありません、よかったよかったで終わらせていいのか。

しつこいですよ、もういいでしょう。いい加減にしてください。

相手よりも知らないと勝負にならない。

先方の提案をより効率よく実施するための改善案を提示できないと信用されない。

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足元を見られているのはどっち?

 

上からの指示なんです。(中身のことはよくわからないけど)とにかく安くして下さい。

目標値が妥当であるか(妥当でないと説明することを容認する人もいれば、絶対許さない人もいる)、品質目標に適っているか。

 

上の指示通りにしたのだから(したと思い込んでいる)、後で問題が起きた(起こした)ら責任を免れるということにはならない。

クレームが発生しました、売上が落ちました。指示通りにしたから私は悪くない。

自分で考えなかったの?区別できなかったの?

そういう担当は足元を見られます。

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微に入り細に入り説明しないと通じない人もいれば、大枠で通じる人もいる。

微に入り細に入り説明する人もいれば、大枠だけ説明する人もいる。

理解して説明する人もいれば、理解したつもりになって説明する人もいる。

わかりました。かしこまりました。と言っているのに、復唱を求めると絶句する人もいる。

 

何が分かったのか確認する人もいれば、説明だけして終る人もいる。

 

物事の優先順位がわからないのか鬼の首でも取ったようにミスをくどくどと指摘している間に時間が経過する、流出を止めるのが遅れる、被害が拡大する、後始末が増える、各部署に影響が拡大する、外部から連絡がない 遅いと指摘を受ける。

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組織の壁という神話

 

組織を作るのは人です。

組織が同じでも部署の中に壁をつくる人もいます。

組織が違っても話を通そうとする人、話を聞く人もいます。(壁を壊す人)

組織が違うから話をしようとしない。話を聞こうとしない人もいます。(壁を築く人)

同じ話を聞いても、同じ事象を見ても報告の必要を感じる人と感じない人がいます。

同じ報告を聞いても何かを感じて詳しい説明を求める人もいれば、それがどうかしたのかと何も感じない人もいます。

前者は「勘」が働くと言われ、後者は「勘」が鈍いと言われます。

「勘」は先天的に自然に身に付いているものではなく、思考と行動の蓄積によって身に付くものではないか。

 

「これは勘だ。」と言って外しまくる人は勘が備わっていないのではないか。

自分の「気まぐれ」を勘だと思いこんでいるのではないか。

「勘なんて当てにならない。」それは勘ではなくて気まぐれです。

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「考えなくてもいいから言われた通りにしなさい。」

そんなことを言ったつもりはない。

「余計なことは考えなくていい。」と言いながら「そんなことは自分で考えろ。」

話をまったく聞かずに「後にしろ。」と言っておいて「何で早く言わないんだ。」

 

ひどい上司だとか親だとか言っているのではありません。

フツーの大人なのです。

大人は矛盾している!といきり立ったところで次から次へと世に生み出される壁なのです。

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壁と勘

 

組織の壁は神話です。

組織は人でできています。

壁の正体は人です。

壁を作る人の正体が「壁」でした。

あるのは「バカの壁」なんじゃないか。

 

バカの壁 (新潮新書)

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「壁」でいれば安泰の時代もありました。

「壁」は空気の読める指示通りに動く手のかからない人です。

手がかからないでは安泰とはいかない時代になりました。

 

「壁」になるのか、「勘」を身に付けたいのか。

「壁」になってほしいと願うのか、「勘」を身につけてほしいと願うのか。

「壁」を育成するのか、「勘」を身に付ける人を育成するのか。

前者を選ぶ限り、同じような不祥事は繰り返されます。

 

それではまた。