nikoichixのブログ

新聞やテレビ、本を見て思ったことを綴っています。書いてみたらこんな展開になるとは思わなかった。まいっか。

マニュアル・フロー越えを求められる人間ーマニュアル以下はAIに取って代わられる

ヒューマンエラー回避で自動化は進んできた

人間は疲労して集中力を欠いたときにミスをするし、同じ動作の反復繰返しは苦痛であるからと単純作業はコストとの折り合いの中で機械化されてきました。

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機械は裏切らないという信仰

人はサボる、遅刻欠勤ズル休み、出勤していても時間を潰してお金は出ていく。

機械ならそんな心配はいらない。

機械の故障不具合と人間の遅刻欠勤サボり或いは体調不良や家庭の事情等やむを得ない場合もあるが、どちらが確率が高いのかとコストを基準に比較されると人間の側の分が悪い。

この罠に嵌まらないためには、人間に出来て機械に出来ないことが求められ、機械的な仕事ぶりでいると機械にさせた方がましという判断になるから悪い意味で機械的な対応しか出来ない人は淘汰される日が来る。

つまり人間らしく仕事をすることが求められる。

安けりゃいい、機械的なサービスで一向に構わない、という人は人間を廃するサービスを利用することになるが、不安定な立場の人が安いからという理由で人の立場を不安定にするサービスを利用するという矛盾が起きる。

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説明不足も説明し過ぎもよくない

相手の反応を見ながら、より込み入った噛み砕いた説明が必要だと判断して説明のやり方を変えたり、相手は細かく説明しなくても理解されているようだと相手にとって余計な説明を省いたり出来るのが人間です。

もうわかったよ、お腹いっぱいだから、という様子の相手にこと細かく延々と説明をすると、もういいよ、さようなら、空気が読めないな、と破談にされます。

相手の反応、様子を見ながら合わせて説明を変えるのではなく、相手がせっかちなのかノンビリなのか相手に関係なく相手の反応にお構い無く同じテンポで同じ説明を繰り返すのは機械的な対応なので機械にとって代わられます。

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どんな場合でも、あらゆる状況に対応できるマニュアルが完備されてないと仕事が出来ないと文句を言う人は代替の筆頭候補

柔軟性のかけらもないならAIに覚えさせた方がましという判断をされて淘汰の対象にされます。

マニュアルを考える側、マニュアルを直す側、マニュアルの参考になる熟練者といったAI以上になるのか、マニュアル超え(マニュアルからの逸脱とは違います)か、マニュアル以下かが分かれ目です。

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一字一句マニュアル通りにするのは機械の実験

ルールから逸脱しなければルールの範囲内で工夫をさせるのではなく、とにかく一字一句一挙手一挙動をマニュアルと一切違うことをしてはいけない。

ってもしかしてマニュアルをAIに覚えさせて実装させる準備のための実験かな?

(妄想です。一般的にマニュアルやフローは人によって差がつかないように作成されるものです。)

一般的にはね、でも別の用途を考える人もいるんじゃない。

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個人間のみならず法人間にも貧富の差

富む者は益々富み、貧する者は益々貧するのは個人間のみならず、法人間にもあります。

ユーザーの支持不支持とは別に(本来は別の筈じゃないが、下方修正に終始していると最初の誤りが全体に及び不協和音を奏でる。)

経営計画の一環として販売計画やサービスの加入者数の計画が立てられます。

達成できないと出資者、株主や銀行から追及されたり資金の引き上げにあうので、達成するために予算が注がれますが、注いだ予算に対して効果が上がらないとそのことについて指摘追及され、予算をかけるとそのことでまた追及されるからと予算をかけずに人を増やすと一人あたりの人件費が抑えられ、それ故に人を集められないことによる人手不足に陥るとレベルを満たしていなくても選んでいられなくなり来る者を拒まずの状態になる。

採用レベルを下げることはサービスレベルを下げるつもりであることの表明になることに無意識で人を増やすことに躍起になると更に自らの首を絞めることになる。

サービスレベルの低下は客離れを引き起こし益々トップと差をつけられ、貧富の差になる。

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売上が好調なトップはライヴァルよりも高報酬で人を寄せて選べる立場になり、レベルに達しない人にはご遠慮願ってサービスレベルを向上させてイメージアップしてライヴァルに更に差をつけて貧富の差を拡大させます。

でもトップ企業も最初からカネがあったわけではなく、価値の提供というギブの結果であり、ギブより先にテイクを求めていたわけではない。

先行者は価値の提供を目的として多く餌を撒いておいて後から大きな獲物を釣り、追随者は成功事例を見てからカネを目的に参入して即効性の儲けを当てにしてももう獲物がいない。

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問題行動を起こすのは人件費が安くて人を選べないからと増額を求めても説得力がない

ギブ(価値の提供)が先でテイク(報酬)が後です。

結果を出したから交渉できるのです。

そこで初めて正当に評価されるかされないかの話になります。どこでも評価されないトラブルだらけで、もっとくれと言ったところでスルーされます。

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考え抜かれた製品サービスー最初が肝心

最初の企画規格に失敗すると、あらゆる部門に影響が及ぶ。

総人件費を抑えて一人あたりの人件費を上げるために無闇に人を増やさないようにしたくても、計画通りにいかないからと集客やトラブル対応や解約引き留めのために人の頭数を増やさなければならない羽目に陥いると更に傷を深くする羽目になる。

需要が旺盛だから人手不足なのではなく、計画通りにいかないから人海戦術のための人が集まらないからという理由で人手不足だというのは人財募集ではなく猫の手でも借りたい人手募集です。

人材募集の広告には人材募集と人手募集があります。

離職率で、経験豊かなスキルの高い人財で顧客満足度、利益の向上か。

離職率で入れ替わりが頻繁でスキルが向上しない人材で顧客満足度、利益の低下か。

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人が増えるのはプラスだけではなくマイナスの場合もある

余計な業務を発生させて既存のメンバーを疲弊させたり、取引先や顧客からの信用を失墜させたり、マイナスになる場合もある。数字合わせのためにレベルを落として押し込むようなことは厳に慎みたい。

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能力を伸ばすことは出来ても性格・価値観を変えることは出来ない

性格や価値観を変えようとすることは洗脳といわれブラックの烙印を押されます。

価値観の合う人がまったく来ないと文句を言ったところで世の中の大半の人と価値観が合わないのなら、世の中に必要とされる組織ではないので消える運命にあります。

構成員が既に価値観が合っていなくて合っているフリをしている可能性もあります。

価値観が合って共感して貢献しようとすれば能力は向上するので、俗に謂われるコミュニケーション能力を求めたりはしない。

共感があれば伸びるものだから。

共感があれば能力は伸びる、最初ボソボソ話していた新人がハキハキしゃべるようになったり、最初は大丈夫かな?と思っていた人から新たな工夫を提案されて助けられたりするのだから能力は後天的で後から伸びるけど、性格価値観は先天的なものだから合わないと能力も伸びないが、別のところなら伸びる可能性がある。

期待外れだった人がどこでも期待外れとは言い切れない。

 

価値観が合わないと、貢献する気が起きないので伸びない。

後から伸びる能力(程度の問題もあるのでしょうが)よりも後から変えられない価値観性格の方が大事だと思っている。

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能力があっても悪い方向に使われたらマイナス

能力があっても共感がないと情報漏洩や横領等不正や犯罪に手を染める人もいるので、能力があっても価値観が合わない人にはご遠慮願うのがお互いの為。

別の共感できる組織と縁を持って所属したら犯罪に手を染める羽目にならなかったり、逆に活躍できるかも知れない。

能力だけで価値観が合わないと結局ミスマッチの罠に嵌まる。

 

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発案者のメンツのためにやめられない

やめられない間に在庫が積み上がり、在庫整理のための叩き売りで採算が悪化。

やめるのか、復活の目があるか、どちらにしてもその根拠はと延々と会議を続けたり、会議のための資料作りに忙殺している間に在庫が積み上がる。

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やらなければいけないのは資料作りよりも出血を止めることだが

減点主義が行き届いた組織では、責任をもつことは貧乏くじ扱いされて、誰に責任を押し付けるかの画策をしている間に在庫が積み上がる。

だから言ったんだ。

(言ってない言ってない)

早くしろ。

(だったら自分でやれ)

お鉢が回らないように見て見ぬフリをされてトップが知り行動に移すまで保留される。

(悪い言い方をすれば放置)

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権限=責任という幻想

責任を取らされるばかりで権限がないのがおかしいという言説があるけど、権限がないから責任を果たさないというすり替えではないか。

権限がないから黙ってろ、黙っていようという方向に行き勝ちで、権限がないから見て見ぬフリをするのは職業倫理に反するのではないか。

責任=権限ではないのだから、意見はOK。

責任=権限でなければならない。になると何も意見が言えないことになる。

販売責任が二倍になったからといって権限が二倍になったり立場が入れ替わったり二階級特進になったりしないのですから、権限=責任は幻想です。

権限=責任 の使い道としては責任の取れない実行する権限のないことを約束するな、という場合です。

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朝令暮改はOK

一般論として朝令暮改は定見の無さを批判する言葉ですが、人間のやることが常に正解というわけにはいかない。間違いに気付いているのに改めないのは寧ろ定見がない。

設計ミスがあるのに朝令暮改はよくないと改めなかったら事故になります。

だから朝令暮改はOKです。

毎日毎週朝令暮改をする、そこまでの人は見たことがありません。

でも間違いに気付いたり、もっといいアイデアがあるなら5分前のことでも変えていいと思っているし、一々怒ったりしない。それで提案を躊躇されるのはマイナスだと思っているから。

(それもフリーダムすぎると思うけど)

 

それではまた。